諫早市伊木力生まれのS様は普段の生活に車いすを欠かすことができなかった。
スタッフが話しかけるときちんと言葉を返してくれることはあるものの、自発的にお話しをされることは少ない方だった。
ある日、他のご入居者様がお墓参りに行った話でスタッフと盛り上がっていた時に
「私も行きたい」とS様自らスタッフに話しかけてくださった。
実はS様は「生まれ故郷にドライブに行き、帰りにお寿司を食べる」という夢を既に達成している。(他部署のスタッフが実施)
次の夢はお墓参りに決定した。
家族に承認していただくために連絡すると
「私たちもなかなか連れていくことができずにずっと気になっていたんです」
と快諾してくださった。
いつも通りまずは下見から。
車いすであれば問題なく達成することができるだろうと思ったが、S様と同じ姓のお墓がたくさんあったことに驚愕した。その地域には同じ姓が多かったようだ。
内心どのお墓か認識できるか不安ではあったが、現地で撮影した写真をお見せするときちんとご自身のお墓を認識することができた。
同時にご家族の承諾の件もお伝えすると
「行けるとね。はよ行きたか。」と何度も言って下さった。
そこから当日の同行スタッフの日程調整や当日のスケジュール調整を行った。
車で片道30分もすれば到着するため他にも行きたい所がないかお聞きしても
特に思い浮かばないようだった。
(きっと以前からお墓参りに行く事はS様にとって日常で、特別なことではなかったのだろう)
以前別のお客様のお墓参りのご支援でも同じことを経験したため、その後はS様にあまり深く聞き出すことはしなかった。
【お墓参りに行く、それだけでいい。それがS様の当たり前なのだから】
特別に機能訓練を行う必要性もなかったので、約20日後に実行日を設定した。
実行日までの間、私がお声掛けに行くといつも楽しみに待っていた。
そして今まで引き出すことのできなかった兄弟の話、ご主人の話をたくさん話してくださった。
そしていよいよ実行日の朝。
もちろんS様もしっかり覚えてくださっていた。
当日の同行者は介護スタッフの吉尾さん(以下、吉尾)に依頼。
現地に着くと雨が降っていた。
吉尾に傘をさしてもらい、私が車いすを押し、S様には道案内をお願いした。
「ここ、ここ」とお墓の前まで来るとお墓を教えて下さり、2段ほどの段差を車いすのまま上がった。
お線香を保管されている場所は御家族からお聞きしていたので頂戴し、S様は右腕を懸命に伸ばしてお線香を立てた。
そしてS様は手を合わせた。
脳梗塞の後遺症で左半身は麻痺が残っている、いつもはあまり上がらない左腕を懸命に上げていた。
雨の中、誰もいない墓地で私とS様は一緒にただ手を合わせていた。
お墓でもいつものようにあまり多くを語ることはなかったが、どこか明るい表情をされたS様。
歩けなくなり、行けなかったお墓参りを達成することができて心底ホっとしたのだろう。
施設に到着し出迎えてくれるスタッフ達にもS様は手を挙げて応えてくださった。
いつもあまり自発的にお話をされないS様。
そんなS様が自ら叶えたい目標・夢を話して下さり、そしそれはその場限りの気持ちだけではなく実行日当日まで忘れる事なくしっかりと想い続けてくださった。
そして私自身、お墓参りの夢が介護を必要とする高齢者の方々にとっていかに尊い目標なのかがわかった。
何か悩みがあればご先祖様にご挨拶にお墓に行き、ざわついた気持ちを落ち着かせる方もいれば、先立たれた両親や、妻、夫を想いながら毎日お墓に行く方もいるだろう。
筆者の私自身、あまり熱心な方ではないのだが、それでもお墓参りは毎年欠かさず故郷の五島まで行く事にしている。
介護が必要になってしまい、そんな当たり前のことができなくなってしまった方々が世の中にはたくさんいる。
ジャストインケアはそんな方々の夢を、
当たり前にできなくなってしまった事を、
叶えることができる場所なのです。
山本 竜馬