夢プロジェクト第四夢~島原城を見て刺身を食べたい~

「夢」

その言葉は僕たち介護福祉士を奮い立たせる言葉だと改めて実感したプロジェクトだった

 

T様は入居当時、スタッフのお声掛けに対しても全く反応を示されず

食事を召し上がる体力がない為、一日を通して全く食事を召し上がれなかった

笑うことや怒る事もなく表情の変化さえもない方だった

【このままではすぐにでも胃ろうになり、寝たきりになってしまう】

T様に関わる入居施設のスタッフ、デイサービスのスタッフ全員がT様を心配していた

 

ある日、スタッフがテーブルの上に置いたままにしてしまっていたおやつを

自ら手を伸ばし口に運んでいたのを目撃してしまった 

その姿に近くにいた3名のスタッフもその光景を目の当たりにし、全員があぜんとしていた

それはT様が初めて自発的にアクションを起こした瞬間だった

自ら進んで手を伸ばすこともおろか、身体を動かすことさえ見ることがなかった

ましてや自分から何か食べようとすることなんて考えられなかった

 

言い換えるとそれぐらいT様の状態は悪かった

 

そこからT様に対する状態改善のアプローチが始まった

 

好きな食べ物はなにか 

そもそも食に対する興味はあるのか

義歯はあっているのか  

 

身体状況に加えこれまでの生活歴を徹底的にご家族にヒヤリングした

同じ敷地内にすんでいらっしゃるご主人様にもお話を伺った

 

いろいろな方から情報収集した内容をもとに好きな食べ物を提供することからはじめてみた

当然ながら、好きなものばかりが目の前に並ぶ日々、当然、食欲は復活!

手を変え、品を変えてまずは食べてもらう意欲の改善にスタッフみんなで努めた

 

徐々に食事に対する意欲が出てくると問いかけに対して首を縦に振ったり横に振ったりできるようになってきた

T様が少しずつ元気になる毎日に並行して日々の食事量や飲水量があがってきた。

 

すると今まででは絶対に考えられなかった発語がみられるようになった

 

スタッフがいつものように

「お風呂に行きましょう」と声をかけると、

 

「風呂は嫌い!今は入りたくない!!」

 

と大きく甲高い声で叫んでいるTさんがいた

 

端的にみると単なる入浴拒否かもしれないが、T様にとってみれば立派な意思表示

入居した3ケ月前から考えると考えられない「変化」があった

本当に感動的だった

 

食事量が向上すると体力、気力が向上しお話ができるようになりT様のお気持ちを話してくださるようになった

お話ができるようになると自然に口の運動を行っていることになり、食材をかむ力や飲み込むときに必要な唾液がきちんと出るようになってきた

 

入居当時は食材を細かくミキサーにかけ、トロミ剤やゼリーを混ぜ込み固めたムース食を食べられていたT様が好き嫌いはあるものの他のご入居者様と同じ食事を召し上がれるようになった

 

平行棒にて立ち上がりの訓練ができるようになり

スタッフが身体を支えると立ち上がりが30秒できるまでに回復

 

その次は歩く練習

「バス停まで歩いて家に帰ると!」と元気いっぱいでお話しされていた為

会話の流れをきっかけに歩く練習を開始

 

スタッフが両脇を抱え押し車に両手を置きながら歩いて頂いた

最初は上手に歩いているとはお世辞にも言えなかった

でも確かに1歩、1歩足を前に出してくださった

 

 

『きっと歩ける、T様はもっと元気になれる』

心からそう信じていた

その日から毎日毎日同じように歩く練習を行った

私の顔を見るなり

「今日も歩かんばとね!」とお話しされてはいたが

私にはこの当たり前の会話ができることがなにより嬉しかった

それに最初は嫌がるそぶりを見せても、歩くときは本当に楽しそうにされていたから

 

毎日の訓練が楽しくてしょうがなかった。

少しずつ足取りも軽くなり歩行距離も伸び

1か月後には15Mまで歩行ができるようになった

 

 

ここまで元気になられたT様

『なにか夢はないのだろうか』

そう思い私はT様に 夢を聞いてみた

 

「あじさいの花が好きだからあじさいを見に行きたい」

 

たまたま敷地内にあじさいが咲いていたので、一緒に見に行ってみた

が、あまり反応は良くなかった

その時私はこう思った

『本当にやりたいことなのだろうか、僕たちが本音を引き出せていないんじゃないのか

そもそも、自分の夢を誰かに話すって信頼している相手じゃないとできることじゃない

だったらもっとたくさんお話して関わって、本音を引き出せるようにならないといけない』 

 

毎日毎日T様とたくさんお話をさせて頂いた。

リハビリの時間、入浴の時、お食事の時今までもお話はたくさんしてきたが

これまでは取りとめもない会話だった、もちろんそれが出来るだけでも十分楽しかったのだがお話の軸をT様の人生に変えたくさんお時間を頂きたくさんのお話を聞かせて頂いた。

 

1ケ月ぐらいたったある日女性スタッフが満面の笑みで私のところに来て教えてくれた

「T様の夢引き出せました!島原城をみたい 刺身をたべたい!今はこの二つみたいです!」

 

そう、これがT様の本当の夢だった

やるしかない・・・叶えたい・・・

その思いですぐにご家族に相談させて頂いた

 

遠方に住む息子様は快諾してくださったものの

隣室にお住まいの御主人は

「ただでさえばあちゃん(T様)は皆さまに迷惑をかけているのにそこまでお願いなんかできません」

と頑なに許可して頂けなかったので後日

息子様や御主人が信頼されている男性スタッフから再度お話をして頂き

ようやく許可を頂いた

 

なんとか承認を頂き、いよいよ夢実行前日

 

隣室にお住いの御主人から

「心配で心配で夜も眠れない。何かあったら皆さんに迷惑をかけてしまう。どうかやめてもらえないだろうか」

と、まさかのNGがでてしまい、前日にて断念

 

そこからもう一度ご主人に趣旨や当日の予定を説明

現地までのルート 緊急時の受診先 乗車方法 乗車リハーサルの様子など

細かく細かくお話をさせて頂きなんとか再度許可を頂いた

 

いよいよ実行当日

出発前から感動の連続だった

あれだけ反対されていた御主人だったが同行する女性スタッフが朝居室にお迎えに行くと当日に着ていく一番綺麗な洋服を選んで準備して頂いていた

そしてそこには

「島原に来ていく着物です」

とメモ書きが貼ってあった

「これを着せていってやってください」とお話してくれた

 

3.メモ書き -

4.メモ書き2.JPG - コピー

 

そして

当日同行する女性スタッフに

「今日はよろしくお願いいたします よろしくお願いいたします」

何度も何度も頭を下げて下さった。

 

T様はもちろん満点の笑顔

御主人が選んでくださった洋服に意気揚々と着替え

思い出の地島原に、大好きなお刺身に、心躍らせている様子だった

 

5.出発前 笑顔 - コピー

 

いよいよ出発

結局出発のその時まで(最後は管理者にまで頭を下げられていました)

頭を下げ続けてくださったご主人

本当にT様を愛されているんだなと心底かんじていた 

 

出発してからは

御本人様は体調も万全で、島原城についてからも終始笑顔で

ずっと何かを思い出すように島原城を見上げていた

若い時はお友達とバスでよく遊びに来られていたと思い出話を聞かせてくださり

また一つ、私たちがT様の人生の一部を知ることができた時間だった

 

6.島原城と黒田様写真 - コピー

 

次は島原城から車で5分程走ったところにある食堂で大好きなお刺身

到着してから、メニューを選ばれる時の目の輝きは今でも忘れられない

(ちなみに当日はメニューの中でひときわ美味しそうだった海鮮丼を選ばれていた)

少し堅そうに咀嚼されてはいたものの、

しっかりと一口ずつ、噛み締めて食べられていた

 

 

その姿は1年前、ムース食を食べられていた方とは思えないほどだった

「美味か 美味か」とお食事中に何回も言ってくださった

 

女性スタッフが「もうお腹一杯じゃないですか?無理しなくていいですよ」

と問いかけても、その食欲を止めることはできず本当に美味しそうに召し上がっていた

こんな美味しそうに食事を召し上がる姿を見れる日が訪れるなんて

入居当時、誰も思っていなかっただろう

もともと港町で生活をされていたT様

元気な時はいつも食べられていたお刺身をやっとたべることが出来た

 

無事施設に帰所

御本人も少し疲れた様子はみえたものの終始体調は良好

ただ1点

気がかりなのはずっと心配されていたご主人だった

無事帰所されたことを報告に伺うと

案の定部屋の中でそわそわされていた、私たちの報告を聞くや否や

「入ってきた頃はご飯もまともに食べれなかった、ここまで元気して頂いて本当にありがとうございます」と

この時も何度も何度も頭を下げてくださった。

 

若いころは島原にいってお食事を食べて帰ってくるなんて当たり前にできただろう

加齢や病気で体力が低下し、歩けなくなり、食事も食べれなくなった

 

そんな日々の中

本人だけでなく、ご家族までもが当たり前の生活をあきらめていた夢を

僕たちが一緒に叶えることができた

 

そして

御主人は心配性でとても優しくて

奥様は活発でいつも明るくて

 

そんなご夫婦の当たり前を見ることができた一日でもあった。

8.ラスト - コピー

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