夢プロジェクト第十一夢~一眼レフで最高の一枚を撮りたい~

ジャストイン諫早(高齢者専用の賃貸住宅)に入居されているN様。

入居してから半年近く経過していたが、昼間の活動量は少なく、お部屋では電気を消した暗い部屋で横になって過ごしていた。

また、デイサービスに通っている間も「部屋に連れて行ってほしい」とスタッフに話しかけることが多かった。

私達スタッフが密に関わる時間も少なく、信頼関係を築くことができないまま時だけが過ぎていた。

 

【何かできることはないのだろうか】

 

リハビリスタッフの大村と水田は二人で頭を抱え悩んでいた。

まずは本人と少しでも関わる時間を増やそうと、時間を見つけてはお話をした。

何が好きなのか、どんな仕事をしていたのか、そして今どんな気持ちで生活しているのか。

全て思い通りの答えが帰ってきたわけではなかったが「絵をかくのが好き」という事が判明した。

すぐさま水田と大村は塗り絵を準備し、取り組んでいただくようにお声掛けすると色の濃淡まで綺麗に仕上げる事ができた。

その日から少しずつ“何か”に興味を持ち活動するN様を見ることができるようになった。

居室には幻想的な油絵が並んでいて、デイサービスに持ってきて嬉しそうに自慢してくれた。

そしてある日、居室の片隅に黒い大きなバッグがあることに私は気付いた。

「すごい大きなバッグですね。この中には何が入っているんですか?」

そう尋ねると今回の夢を叶えるきっかけになる答えが返ってきた。

「この中にはカメラが入っているんだよ、でも壊れてしまってね。しばらく撮ってないなあ」

そして私はこう答えた。

「え!カメラ見たいです!見せていただけないですか?」

「いいよいいよ、そのバッグ取ってくれる?」

そしてバッグを開けると中には立派な一眼レフカメラが2台入っていた。

そのまま話を聞かせていただいていると、定年退職後にカメラを購入し、色んな場所によく写真を撮りに出かけていたそうだ。

今のN様では想像ができないほどアクティブな生活を送られていたのだろう。

 

【なぜ早く気が付かなかったんだ。これだ、ここからアプローチをしてみよう】

 

そう決心し、N様に必ず写真を撮りにお連れすると約束した。

私はすぐご家族に連絡し、現在のいきさつを話し、壊れたカメラが直らないのか確認した。

「実はあのカメラはバッテリーが壊れているだけなのでバッテリーを交換すればまだ使えるんですよ。父がやる気になっているのであれば今度バッテリーを交換しにカメラ屋に持っていきますよ」と嬉しい返事が返ってきた。

私も嬉しくなりN様にすぐに伝えると、「あ~!そうね~。何ば撮りにいこうかね~」と大変喜ばれていた。

場所の選定の前にスタッフの確保が夢プロジェクトには必要不可欠になっている。

同行スタッフはいつもこまめに声を掛けてくれていた水田にお願いをした所二つ返事で「よろしくお願いします」と言ってくれた。

N様が夢を忘れないように、私は以前から取り組んでいたN様の“宝の地図”を作ることにした。

(注;宝の地図とは夢や目標を可視化するためにコルクボードに叶えたい事を書き出し、写真を貼り付け、真ん中に本人の笑顔の写真を貼り付けるものである、筆者の私も自宅のリビングに自分で作成したものを飾っている)

N様がカメラを構えている写真を撮りコルクボードに貼り付けた。

そして“一眼レフで最高の一枚”と書いた画用紙を同じように貼り付けた。

記念撮影を行い、そして実行日当日までN様のモチベーションが下がらないように宝地図を居室に飾らせていただいた。

 

宝地図修正画像

 

次に場所の選定だ。

N様の部屋にひときわ綺麗に描かれていた油絵が置いてあった。

その絵の場所を聞くと佐賀県佐賀市にある『東与賀海岸シチメンソウ自生地』の絵であることが分かった。

私は花に疎いためネットで満開の時期を調べると、時期としてはベストなタイミングだとわかった。

しかし佐賀まで行って花が咲いていなかったら、と思い佐賀市まで車で1時間半かけて下見に行った。

車イスでも行くことができる場所ではあったのだが、予想とは裏腹に花はほとんど散ってしまっていた。

がっくりと肩を落として帰宅し、翌日にN様の居室を訪ねた。

「お花は咲いていませんでした。来年まで待つこともできますが、他に取りたい風景はありますか?」と尋ねてもあまり思い浮かばないようだった。

スマホを使いN様と一緒に綺麗な風景の写真を検索しながら、場所を決めることにした。

海が見える場所、夕日が綺麗な場所、諫早市が見渡せる高台、紅葉が綺麗な場所。

一番興味を示し「ここは綺麗だね~」と話してくれたのは紅葉のスポットとして有名な、佐賀県にある「御船山楽園」 (注:佐賀県武雄市にある池泉回遊式庭園)だった。

息子様にも報告し快諾していただいたので、場所を御船山楽園に決定した。

片道1時間半かかる為、昼食に何を食べたいか尋ねると「お肉が良いね、焼き肉を食べたい」と話してくれ、佐賀牛を食べることができる焼肉屋に行くことにした。

普段は食事を半分ほどしか食べないことが多く、少し心配ではあったが…。

 

いよいよ当日。

バッテリーを交換し、復活した一眼レフカメラを首に下げ、出発した。

出発直後から笑顔が止まらないN様。

昔話に花が咲いていた。

「若い頃はね、軍の設計部にいて水陸両用の戦車を設計していたんだよ。成功した時は日本で初めてだったから嬉しくてね~。そしてその後に学校の美術の教師になったんだ。写真を撮るようになったのはその後、だからかれこれ30年近くなるね~」

後部座席で水田にそう話されているN様。

私は運転しながらこう思っていた。

【夢プロジェクトもこれで10回目になる。この現地までの移動の時間には必ずと言っていいほど普段聞けない今までの人生を話してくださる。そして毎回叶える夢に繋がっていることに気付かせていただく。涙を流す方もいれば、満面の笑みで喜ぶ方もいる。表情には出さずともどこか昔を思い出すような表情をされている方もいる。本当に意味深い仕事をやらせていただいているんだ】

そうこう言いながら現地に着き、まずは腹ごしらえ。

焼肉をお客様と一緒に食べるのはもちろん初めての経験だった。

N様は迷わず一番高い“特上カルビランチ”を頼まれ、ドリンクはコーラをチョイスした。私たちは通常のランチを頼みメニューが届くのを心待ちにしていた。

届いたお肉をさっそく全て網の上に乗せ、普段では考えられないぐらいの量を召し上がった。お肉はもちろん完食され、コーラも空に、さらには隣の水田の赤身肉も1切れもらい美味しそうに召し上がっていた。

 

 

私と水田は目を合わせ「N様ってこんなに食べる方なんだ」と口を揃えて言った。

腹ごしらえも済み、いよいよ紅葉をカメラに収めるときがやってきた。

御船山楽園に到着し、園の中に入っていく。

園の中は中心に大きな池があり、その周りを覆うように木々が茂っている。

池の周りの道は登山道の様に険しい箇所もあった。

園の中に入るとすぐに、見事に紅葉した木々に3人驚愕した。

本当に綺麗で壮大な景色が広がっていた。

「お~!ここはきれいな場所だな~!」とN様。そのまま奥に進み、最初の撮影スポットに到着し、初めてカメラを構えたN様。

 

3.カメラを構える 写真...

 

ピントを合わせ、レンズを持つN様の姿は本当にキラキラ輝いていた。

 

 

「お~!綺麗だね~!よく撮れてるよ!

「え、本当に綺麗に撮れてる!」お世辞ではなく、素人の私からみてもN様のカメラの腕前は確かだった。

撮影スポットを転々としその度に素晴らしい景色をカメラに収めていきながら更に奥に入っていく。

紅葉シーズンは観光客が多く道も狭いため、普段施設の中で車いすを操作するのとは訳が違う。

人込みの中、険しい道を水田と二人で最終地点まで進んだ。

 

 

狭い道を最後まで進むとそれはそれは壮大な景色が広がっていた。

6.カメラを構える 横顔 写真

 

無言でカメラを構え壮大な景色をカメラに収めていく。

 

満足されたのか、「うん、よく撮れたよ。そろそろ帰ろうか」と話され、同じように険しい道を戻り岐路についた。

帰りは疲れたのか車内ではぐっすりと眠られていた。

無事施設に戻り、翌日のデイサービスのご利用中に今までは見たことのない光景を目の当たりにした。

N様が水田の声掛けでパワーリハビリ(ジムに置いてある筋力トレーニングマシン)に熱心に取り組まれていたのだ。

 

 

今までは入浴と食事の後にはすぐに部屋に帰り、ずっと横になって過ごしていた方がリハビリを熱心に取り組まれている。

もちろんN様だけでなく水田がうまくお声掛けしたのだろう。

そんな仲間がいることに心底心強いと感じることができた。

 

施設に入所したら人生は終わりだと言う人がいる。

生きていても辛いだけ、早く迎えに来ないかなと言う人がいる。

 

果たしてそうだろうか、少なくともN様は違う。

たとえそれが瞬間だとしても人生を楽しみ一眼レフを構え最高の一枚を撮る事に全力を注いでいた。

“生きる意味”がそこにはあった。

夢プロジェクトとN様がそう感じさせてくれた。

N様、また一眼レフで最高の一枚を撮りに出かけましょう。

僕たちがどこにだってお連れしますからね。

9.御船山入口にて

山本 竜馬

 

この記事を書いた人