夢プロジェクト第九夢~高校ラグビーを見たい~

夢を達成する日から遡ること約半年前。

坐骨神経痛(腰から下肢にかけて痺れを伴う強い痛み)がひどくなり車椅子生活を余儀なくされたK様。

朝もなかなか起きることができない日々でデイサービス(介護を必要とする方が昼間、入浴・食事・リハビリ等のサービスを受ける為に通う場所)に通うこともままならなかった。

 

でもK様には夢があった。

 

・大相撲を見たい

・大トロを食べたい

・江山楼(長崎中華街にある中華料理屋)の太麺皿うどんを食べたい

・高校ラグビーを見たい

 

その夢を語るK様はとても90代を迎えた方だとは信じ難いほどであった。

ワクワクした表情で、キラキラした笑顔でいつもお話ししてくださっていた。

 

介護保険サービスを利用されている方は定期的に担当者会議(ご本人・ご家族・担当ケアマネージャー・介護保険サービス事業者で集まり、現状の生活状況の把握と今後の課題解決や目標達成の為の話合い)を行わなければならない。

 

ちょうど高校ラグビーのインターハイ長崎県予選が近づいていたので、叶える夢をその担当者会議の中で「高校ラグビー」に決定し、決勝戦を見に行くことを目標とした。

 

担当ケアマネージャーもK様がモチベーションを持ち続けられるようにこまめに声掛けを行うなど全面的に協力して下さった。

それだけでなく1回戦からの試合結果をK様と共有し、夢を叶える為に一番必要な揺るがない想いを形成してくれた。

 

思うように身体が動かないなか、K様は当日に同行するリハビリスタッフ(以下、大村)と一緒に個別に訓練を行うことにした。

 

訓練の内容は

 

・平行棒内で足を前に運ぶ

・パワーリハビリ(ジムにある筋力トレーニングの機械)で立ち上がる際に必要な筋力を鍛える

 

この2つの訓練を行った。

 

目に見える効果はなかったが、‘夢の為に何かを頑張る’K様の姿は私にとってお客様の夢を叶える活力になった。

さらに毎日運動を行うことによって腰痛も軽減した。

 

決勝の会場は長崎市総合運動公園(通称かきどまり競技場)、下見に行き車椅子でも安全に観戦ができる場所の選定を行った。

しかし安全ではあるものの、フィールド全体を立体的に見渡すことはできなかった。

 

【雰囲気だけでも味わえれば】

 

私はついそう思ってしまった。

もちろんそんな妥協は許されないとすぐに思い知らされることになるのだが・・・

 

翌日にK様の居室に訪問に伺うと新品の双眼鏡を両手に構え当日のイメージトレーニングをされていた。

そしてこう話してくれた。

「高校生の頃にラグビーをやっててね、ラグビーの試合は最後の笛が鳴った時に審判がノーサイド!て言うとさ。今まで死に物狂いで戦ってた試合の最後に。そこがまた好きとさね。あれだけ激しくぶつかり合ってても最後は後腐れなく終わる。そのノーサイドの笛が好きとさね。」

その姿を目の当たりにして私は今更になってではあるが気付かされた。

 

【夢を叶えるのに妥協なんか許されない】

 

いちから課題解決のために動くことにした。

『しかし、観客席の環境はあまりよくない。どうしたものだろうか。』

数日間考えた結果、長崎県のラグビー協会の会長に連絡をしてみることにした。

 

「初めまして。山本と申します。当施設にご入居して頂いている男性の方がラグビーが大好きで、今度の決勝戦を生で見たいと話して下さり計画を立てているのですが、安全で試合が良く見える観客席を確保して頂けないでしょうか。」

 

「わかりました!全然いいですよ!当日はテレビ中継があって、撮影専用のスペースがありますのでそちらでぜひ試合をお楽しみください!当日は何時ごろいらっしゃいますか?私が車を先導して裏口から直接入れるように調整しておきますので」

 

感謝の言葉しか思い浮かばなかった。

 

【突然連絡をしたどこの誰かもわからない私の申し出を快く引き受けてくださるなんて】

 

K様の思いが人の心を動かした瞬間だった。

 

課題は解決し、どうせ長崎市まで足を運ぶなら別の夢の『太麺皿うどんを食べたい』の夢を叶えるために昼食の場所確保と予約まで行いあとは当日を迎えるだけになった。

 

K様も当日までずっと楽しみにされ、大村ともリハビリを毎日頑張っていた。

 

いよいよ当日の朝、いつもおしゃれなK様なのだがハンチングをかぶり、マフラーを巻き、

とびっきりにオシャレをしてお部屋に待って下さっていた。

 

「参ります!」と声高らかに気合いを入れ、部屋を出発し施設を後にした。

 

車イスのまま乗車できるタイプの車を準備していたため乗車もスムーズで、現地までの約40分意気揚々と話してくださるK様のおかげで車内は盛り上がっていた。

現地に到着すると長崎県ラグビー協会の会長と協会の方々が入り口で待って下さっていた。

改めてお礼と挨拶をさせて頂き特別にそのまま裏門から入場し、報道席に案内して頂いた。

 

本当に最高の場所だった。

 

0.報道席に木村様 写真

 

当日は雨も降っていたがもちろん屋根がある為濡れる心配もなく、フィールド全体が見渡すことができた。

 

「おー!ここは最高!よく見える!」とK様。

会場は両校の応援団の歓声が鳴り響く。

その応援に胸が躍りさらにK様のテンションは最高潮に。

「この雰囲気がたまらんなー!」とまた話してくださった。

 

 

いよいよ試合開始。

この日の為に新しく準備した双眼鏡を構え試合の攻防を見守っていた。

 

そしてハーフタイム

「いやー!最高ばい!」と満面の笑顔のK様。

【本当に来て頂いてよかった。】

普段の業務ではなかなか聞くことができない『最高ばい!』の言葉に胸の奥に熱くこみ上げるものがあった。

 

 

前半負けていたチームが後半に怒涛の逆転劇を見せ優勝。

そして試合は終了した。

 

 

「最高!」とまたK様。

介護をしていてありがとうとよく言って頂く経験はあった。

でも“最高”と言って頂く経験は初めてだったかもしれない。

いや、私が言えるような介護をできていなかっただけなんだ。

 

【K様、僕たちの方が最高ですよ】

 

しばし試合の余韻に浸り会場出発前にラグビー協会の会長に挨拶に伺い、K様自ら感謝の言葉を述べられていた。

そして最後に固い握手を交わし会場を後にした。

 

次は江山楼で太麺皿うどんを食べる夢。試合会場から車で約20分程の距離にある中華街に行き店の中に入った。

 

メニューに少し目を通すなり「王(ワン)さんの太麺皿うどん!」と即決。

ここに来たら必ずこのメニューを注文されるそうだ。

 

私と大村も同じメニューを注文し、今か今かと待ち詫びていた。

少しお疲れ気味のK様だったが“いつも通い、いつも食べていた”太麺皿うどんが来ると噛み締めるように皿うどんを召し上がっていた。

 

4.皿うどんとピース 写真

 

私も大村も普段なかなか食べることのできない中華街の皿うどんを美味しく頂き岐路に着いた。

 

施設にも無事帰所することができ、1日に2つの夢を達成することができた。

 

そしてその日からも以前は全く取り組むことがなかったリハビリを大村と毎日ご自身から進んで取り組むことができ、腰痛もいまではほとんどなくなった。

 

トレーニングマシンの負荷も10Kg以上向上したそうだ。

 

夢を叶えた時の写真は今でもお部屋に飾ってくださっている。

そして数か月したのち今度はご家族様と“マグロを食べたい”という夢を叶えた。

 

夢を引き出す前と比べると想像ができないほど前向きになることができたK様。

夢を叶えたいと純粋に願うその姿がたくさんの人の心を動かした。

ラグビー協会の方々、江山楼のスタッフの方々、担当のケアマネージャー。

そして介護福祉士の私と作業療法士の大村。

K様のご家族も私に全て一任して下さり本当に感謝している。

この記事を書くにあたって改めてケアマネージャーにも感謝の言葉を伝えると「これがケアマネの仕事だから当たり前ですよ」と言っていた。

本当に最高のケアマネージャーだ。

 

夢は一人で叶えることは難しいけれど、揺るがない想いがあれば人の心を動かすことができる。

そして妥協は絶対にしてはいけない。また一つ学ばせて頂いた。

 

「さぁ次は大相撲を見に行くぞ!」

K様は今日も意気込んでデイサービスに通うのであった。

 

5.集合写真

 

山本 竜馬

この記事を書いた人